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2006年7月 6日 (木)

おばあちゃん

今日は暗い話題なので、先にご了承くださいm(_ _)m
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アタシのおばあちゃんは入院していて、
今日久しぶりにお見舞い行ってきた。

っていっても、
おばあちゃんはもぉアタシの事なんか全然分からなくて
毎日来るお母さんや
息子であるお父さんさえも分からない。

ちょっとした風邪をこじらして入院して以来、
あれよあれよという間に弱っていって、
今は人工呼吸器をつけられている。
ベッドで寝たきりの状態で、
言葉も発することも
手足を動かすことも出来ず
ただ天井を見つめるだけの毎日。

こんな状態がもう7年も続いていて、
最初は頻繁にお見舞いに行ったものの、
あまりにも痛々しくて、可哀相で、見ていられなくて、
最近じゃめっきり足が遠のいていた。

久しぶりに今日行って、
やっぱりかなりショックだった。

子供7人を育て上げて、
個人商店を1人で切り盛りして、
いっつも人の輪の中心にいて、
元気でよく歌い、踊り、笑っていたおばあちゃんなのに。

もう機械無しでは呼吸すら出来ない。
2時間に1回体位を変える以外は、
全く動くことも無く、目は一点だけ見つめている。
お腹は膨れ上がっていて、
手足は異様にやせ、硬直状態。
点滴ばっかりうたれて紫のアザに、
いろんところにチューブがつなげられている。


病気を治すために入院してるんじゃなくて、
ただ死なないために。


一所懸命生きてる人や闘病生活してる人には
本当に悪いと思うけど、
こんな状態になってまで生きても…
死んだ方がマシなんじゃないか…
って気持ちを否めない。

おばあちゃんはまだ考えたり、何か感じたりできるのかな
ってお母さんに聞いたら、
 そんな事出来たら、こんな状態で生きてはいけないはず
 あまりにも辛すぎる
 何も分からなくなってしまって良かったのかもしれない
と、悲しい答え。


動くことも出来ない
話すことも出来ない
何か感じることも無い

ただそこに横たわり
ただ息をしている


本当にショックで、本当に悲しくて、
泣きたい気持ちになったけど、
アタシが泣くっていうのは何か違う気がして、
生きてるって何だろう
そんなことをずっと考えてしまう。


答えなんて出ない。
ドラマみたいに奇跡なんて起きない。
アタシには何も出来ない。

それでもずっと、
胸のもやもやが消えない。。

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コメント

分かりますよ。その気持ち。
俺が高1のときに無くなった曾祖母が同じ感じでした。
当時はまだ考えがガキだったんで、そこまで考えられなかったですけど、あんなに俺を可愛がってくれたのに、俺が誰だか分らないコトを悲しく思いました。
そこまでして生きる意味とか、道徳的・倫理的な話になってしまって結論は出ないと思いますが、自分だったら人間らしくいられなくなったら、延命治療はされたくないかもしれませんね。

投稿: はせ | 2006年7月 7日 (金) 20時02分

私も自分にもしものことがあったときに,「死なない」ための延命治療はしてほしくないと思います。
かなさんと同じように,何かを考えたり,話すこともできなくなるなんて言い方は悪いかもしれませんが,「生きている」感じがしないと思います。
考えれば考えるほど,難しい問題ですね(>_<)

投稿: berry | 2006年7月 8日 (土) 22時42分

こんな重い話題にコメントありがとうです(((_ _;

>はせサン
年とったら仕方ないんですかね…長く頑張って生きてきたのにこんな最後なんて悲しすぎます。
アタシも延命治療は嫌です。答えなんて出ないけど、もやもやしますね。。


>berryサン
そうですよね…延命治療は嫌ですよね。。
でももし自分が母親などの延命治療の決定権を任されたら、続けることも辞めることも、どっちの選択も出来ないと思います。自分だったら嫌なのに、人のは決断できないなんて、結局は重荷を背負いたくないとか自分が傷付きたくないとか、自己中心的なんじゃないかと考えちゃうんです。
何て言ったらイイのか分かんないんですけど…もやもやします。難しいですね。。

投稿: Re; | 2006年7月 9日 (日) 16時37分

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